歩行者用信号の存在意義

投稿者: | 2017-10-03

マンハッタンの街並みは、巨大迷路と化している東京のそれとは違い、碁盤の目のように区画化されている。場所によって差はあるが、大体「縦のマス」に当たる「St.(ストリート)」間は、約80メートル。「横のマス」の「Ave.(アベニュー)」間は約250メートルに整備されており、数ブロック先の景色が見えるほど、各々の道はまっすぐに伸びている(ただしローアーマンハッタンはそう単純にはいかず、個人的には東京以上に大迷路なんだが)。

 

これ、つまりは数十メートルごとに「交差点」なるモンが存在するってことを意味するんだが、そのほとんどに設置されている信号の真下には、かなりの確率で「足を止めている」人らが存在する。

 

中でも多いのが、「上のビルばっか見てる観光客」や、「互いの顔ばっか見てるカップル」。彼ら、時間に追われるニューヨーカーにとっては、行く手ふさぐ手ごわいストッパーと化すんだが、とりわけビジネス街や大きな駅など、人通りの多いエリア近くの交差点にいる彼らの力は絶大で、歩道に「人の渋滞」を発生させるという珍現象を引き起こすのだ。

そんなストッパーの中でも、最もベタな存在が、「赤信号を守る真人間」だ。

 

横断歩道前で信号待ちしてるだけでストッパーになる理由は1つしかない。ニューヨーカー、よく信号無視をする。いや、「よく」なんてモンじゃない。「必ず」に近い割合で、彼らは当たり前のように赤信号をシカトする。

 

ニューヨーカーは、人を待たせることに対しては心の底から何とも思わないが、いざ「待たされる身」になると、いきなりド短気になるという、なんとも都合のいい習性をもっている。ゆえに、彼らにとって「信号前で突っ立つ」なんざ、血圧上げる行為以外の何モンでもなく、信号の存在意義も、

 

「青(こっちでは白)」は、「進め」

「点滅」や「カウントダウン」は、「いいから進め」

「赤」は、「今だ、進め」

と、意訳される。そのうえ、車が前を通っている「赤」の間、横断歩道前では、最前列争奪戦が繰り広げられ、車道に出るニューヨーカーが続出。ひとたび車の流れが途切れると、我先にと一斉に歩き始める。さらに、「進め」の際も、前がつかえて横断歩道の真上で止まっている車見つけると、「邪魔だ」と言わんばかりに車体を叩いては、ドライバーにいちゃもんつけていくチェケラッチョなヤツらが登場する。

 

さすがに自動車があからさまに信号無視することは少ないが、歩行者は信号をただの「参考資料」か、はたまた「イルミネーション」程度にしか捉えていない。

この地に住む彼らにとっての真の信号、それは「人の流れ」。「歩行者様は、神様」とするならば、ここは色んな意味での「歩行者天国」なのである。

 

 

長期のニューヨーク滞在の後、久々日本に一時帰国した時のころ、無意識のうちに信号無視してしまった橋本を、一緒にいた妹が「赤信号は渡っちゃいけないって小学校で習ったでしょ」と、人目も気にせず真顔の大声で呼び止めた。

いや、おい妹あんたよ。

車一台通っていない街はずれの横断歩道。微動だにせず信号を待つ妹や他の通行人に、「日本人の律義さたるや」と感動し、そして大いにイラついたものである。

とはいえ、そんな日本人の中にも、時々「車通ってないのに赤で待つとぁ、なんやバカらしくないか」「今渡っても誰にも迷惑かけることも、車に轢かれることもないじゃんか」と企む挑戦者が現れる。が、やはり彼らも元は「日本の小学生」。悪行を前にソワソワし始め、周りにどのくらい人がいるのかをチラ見でリサーチ。覚悟を決めて歩き始めれば、「元仲間」から送られる「視線」という名のスポットライトに照らされながら、「縞々なランウェイ」を罪悪感たっぷりにぎこちなく歩く羽目に。

一方、ニューヨークの歩行者は、そんな罪悪感に苛まれることは全くない。みんなが仲良く「悪ガキ」なのだ。むしろ、ニューヨークで信号待ちをすれば、「田舎から来た優等生」として、大いに目立つことになる。

 

そんなニューヨークの信号事情を、アメリカを代表する新聞『ニューヨーク・タイムズ』紙が取り上げていたことがある。記事によると、なんとニューヨークでは、信号無視する人よりも「信号待ち」している人の方が、事故に巻き込まれる可能性が高いんだとか。ニューヨーク市内の交通事故の多くは交差点で発生しており、その半数以上は、ニューヨーク市民ではなく、海外や地方から来た観光客。

出た。「ストッパー」だ。君ら、人の流れだけでなく、車の流れさえも止めてしまう力あるんか。

 

とはいえ、信号無視は基本的にやはりやってはいけない。旅行者が「郷に入っては郷に従え」で、ニューヨークの縞々なランウェイを「今だ、進め」したところ、やはり危なっかしい。決して無理をせず、ただ、上ばっか見ないで、ニューヨークを存分に楽しんでほしい。