不良両親が、今地球のどこにいるか分からん。
自撮り画像に、覚えたての文字入れで安否知らせ、今どこか当てたら賞金やると。
そんな手に誰が乗るかよ。
…乗ってるよ( ゚Д゚)(次女)
と、橋本1人留守ちう橋本家に、先日見知らぬおっさんが突如現る。
朝の田舎道ジョギングから帰った直後、まだゼエゼエが止まらないまま玄関を出ると、
1人突っ立つおっさん。
田舎の中途半端な住宅地には、誠にバラエティ豊かな人がベルを鳴らしにやって来る。
異様に高い野菜を売ろうとするおっさん、大根売りに来る近所の大学の農学部生に、「生まれたてだ。よそとは違う」とマーケティングに難ありな養鶏場のじいさん。
それゆえ彼を見た瞬間、橋本勝手に「野菜売りだ」と判断してしまい、気付けば彼の第一声の前に右手が胸元で「いらないいらない」をしている。
が、彼はそんな橋本の手にに構わず、ジッと見るなり「大きくなったねえ」と。
……は?
怪訝な顔露骨に見せる橋本に、さっきより深みをつけて繰り返す「大きくなったねぇ」。
ニューヨークから戻ってきて以来、立派に8kgを足腰顎腹に肥やした橋本にとっては、「大きくなったねえ」と「え、まだ日本にいたの」は禁句。
てか、そもそも21歳にもなった年頃の女(※しばしお付き合いください。実年齢とは多少の誤差があります)にノーオブラートで「大きくなった」と発する彼の度胸に「おめえどこの八百屋じゃ」と内心で臨戦態勢を取る。
ぽかんとしたまま名乗りもせず目尻垂らしては、ただただ「デカくなった」を繰り返すおっさんは、そんな橋本に相対し、引くほど小さい。
脳内の顏認証システムになかなかかからない彼。
小さいのと目の特徴。。
懐かしさを覚えるその声。。。
で、ようやく思い出す、彼の正体。
約30年前に父親の工場で営業として働いとった、Mさん。
橋本当時、小学校2、3年生ぐらいだったか(引き続きお付き合いいただいてるだろうか。計算ミスとして扱ってください)。
5年に1度ほど家に訪ねに来てくれてたみたいやが、橋本は毎度不在だったゆえ、実に30年ぶりの再会。
そりゃ分からんわ。
Mさんと分かった瞬間に、当時の記憶が一気によみがえる。
工場の臭い、従業員の力こぶ。
母ちゃんが工場の卓球台に並べた高カロリーな夜食。
工場に仕事がない時、橋本と橋本の友達を近くの流れるプールに連れて行ってくれた兄ちゃん従業員が、その帰りに警察に職質受けたこと。
小学校終わりに家にやってくるピアノの先生が嫌で、得意先へ納品に向かう父ちゃんのトラックの助手席に乗り、着いた先で担当者に「仕事ください」と頭下げ、帰った工場では母ちゃんに「許してください」と頭下げたこと。
ある日の朝、会社に行くと新人以外の従業員と工具のほとんどが消えており、その日から数か月の間、父ちゃんも母ちゃんも突然帰りが遅くなったこと。
一気におセンチな気持ちになる橋本に、Mさん。
「こんなに綺麗になって」
……いやいやいや、その足で眼医者行け。
「大きくなったね」は分かった。が、台風の蒸し暑い大風に吹かれながらのジョギング後で、髪はボーボー、汗じゃぷじゃぷのすっぴんをそう表現するのは、眼球異常か、下手物好きのうちのいずれかしかない。“これ”を綺麗では、橋本に辛うじて残る「女」としてのプライドにも傷がつる。
こうして炎天下の中でしばらく話し込む昔話御(家に入れようかとも思ったが、さすがに1人の家におっさん入れるのは気が引けた)、
「不良両親もメイク後の橋本もいる時にまた来てね」
でMさんをそれとなく帰すと、こうして度々元従業員が顔を出しに来るほど慕われてた過去の父ちゃんのカリスマ性を改めて感じ、
「やっぱうちのオトンかっけーな」
となる反面、
画像に付いた「元気よ」の文字に、顔潰されても何も言い返せずオカンに屈服するその今の弱っちい姿に、
オトンがなんや急に恋しくなり、
娘は、いや長女は、
田舎のスタバで「今どこや」と叫んどる。