車の不調

投稿者: | 2018年9月2日

大学2年の時に、
できるだけ多いサークル部員を乗せたいがために買った愛車が
遂に「もうそろそろあかんわ」と漏らし始めた。
言うと歳が大体バレるが、18年ほど乗ったことになる。

 

色んな思い出を乗っけた。

サークル活動がある現場は、2県またいだ先のテニスコート。
毎週木曜日、高速料金往復約8,000円。
ただの見栄だけで車を出しては、
その日の出来事や部員の愚痴や恋愛話を聞いた。

 

付き合っていた男(達)も乗せた。
うち1人とは、その車で行った秘境の地で殴り合い級の喧嘩をし、
これが今生の別れじゃと言い放った言葉「降りろ」に
「その前に送れ」で返され、
帰りの4時間、
3列シートの一番後ろ、かつバックミラーに映らない条件で送ってやった後、
とっとと降ろして家に帰り、トランク開けて見つけた「ごめん」のメモで
近代の男の口下手を知った。

 

311の際は、この車で現地に入った。
津波が襲った被災地の深い水たまりに入っても
エンジンは動き続けてくれた。
現場で知り合ったおばあさんの代わりに、
1日半ガソリンスタンドに並び、
その後、お茶をご馳走してもらいながら
「旦那がステージ4のガンなんだが、病院が機能しておらず家に戻したいところ、ガソリンがなくて困っていた」ことを聞かされた。

 

もう会えない連中らも乗せた。
父が倒れた後、リハビリ相手として招き入れたスコティッシュテリアの相棒。
出会いは、インターネットのオークションサイト。
「最終日」となっていたその翌日、
彼がどうなるのかと想像するとなんや恐ろしく、
気付けば画面の中の人差し指が勝手に「落札」をクリックしていた。
普通80万円ほどする犬が、6万円。
翌日、迎えに行ったのも、
その11年後、天国へ送り届けたのも、
この車だった。

 

父の工場で働いていた頃、
家から工場まで片道30分の車内だけが、
橋本が泣いていい時間だった。

両親と働くことがどれだけ難しいか。
2代目という立場が、いかに孤独か。
女が砥石片手に鉄の塊と対峙することが、どんなに「女」なのか。
誰も分かってくれなかった思いを、
最後の信号を右折したころまでに落ち着かせ、
30分ぶりに会う母に笑顔を見せるために付けた爪の跡は、
まだハンドルに刻まれたままだ。

 

新宿駅で事故もした。
友達を降ろして発車させた300m先の南口交差点で右折しようとしたところ、
坂になっているトンネルを上がって来たバイクと衝突。
橋本が10:0で悪く(この比率はあり得ないが)
思いっきり動揺していたところ、
現場に駆け付けた優しい警官に
「ゆっくり僕たち(のパトカー)に付いて来てください」と言われ、
「は、事故直後の若娘に運転させるんかいな」と思う気持ち抑えてゆっくり追行。
警察署に到着しても依然ドキドキが消えない橋本に、
さっきの警官が掛けてきた褒め言葉「運転上手いですね」は、
食い気味の「上手けりゃ事故っとらん」を生じさせ、
ドキドキを一発で消した魔法の言葉やった。

 

そういえば、3年ほど前に一度この子とは「サヨナラ」をしている。
タイヤに酒を掛け、ディーラーに記念写真まで撮ってもらったんだが(写真はその時の1枚)、
代わりに買おうとした新車がなんや気に入らず、
潰す直前に出戻って来た。
詫びのつもりで、
別れた時よりも高めの酒を再び踏ませたのがよかったのか、
嫌味ひとつ言わず、延びた寿命をしっかり走ってくれた。

 

人生の半分近く、
この子の中で過ごしたんやな。
母ちゃんの腹ん中でも10か月しかおらんかったのに。
そう、なんや羊水に守られてる安心感があった。

2週間前、突然エンストの直前のような音と振動が聞こえ始め、
ガソリンスタンドに連れて行ったところ、
原因はよく分からないと。
汚れかもしれないが、取っても治る保証はないとのこと。

そうか。
じゃあ、もう「老衰」でええか。
自動ブレーキどころか
バックモニターも、ボタン式のエンジンも付いていない、
MDようこその車。

名の通り、橋本に「自由」をくれたキミを、橋本はずっと忘れへん。

 

はい、しんみりw

 

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